「SIGGRAPH2022」ResearchPortトップカンファレンス定点観測 vol.5

2022年9月29日 10時40分 公開

本記事3行要約:

● SIGGRAPHはコンピュータグラフィックス分野の祭典である
● 論文に加えてフラッシュ動画もあり初学者でも楽しめる
● 2022年 純粋な日本組織からの日本人著者論文採択は1件のみ


学術界各分野の最高峰の会議を俯瞰するトップカンファレンス定点観測シリーズvol.5です!
今回は、8月に開催されたComputer Graphics分野最高峰と言われるSIGGRAPHを俯瞰したいと思います(この会議は例年、日本のお盆休みの時期に開催されています)。メタバースの普及もあり、さらに注目を集めている国際学会です。今年は15,000~20,000人程度が参加されたようで、その盛況ぶりを伺い知ることができます。

SIGGRAPH 2022 開催概要
▶ 開催期間: 8-11 AUG, 2022
▶ 開催都市: VANCOUVER, CA
▶ 公式HP:  https://s2022.siggraph.org/

■SIGGRAPHとは

SIGGRAPHのプログラムは、通常の学会と大きく異なり最初は混乱するかもしれません。
他の多くの学会では、口頭発表とポスター発表からなるメインプログラム(デモ展示やスポンサー企業展示も含む)があり、その前後に各種ワークショップやチュートリアル、場合により〇〇チャレンジやコンペティションなどが併設されて開催されます。
それに対して、SIGGRAPH2022では、プログラム・イベントリストスケジュールを見ると、見慣れないセッションが多く含まれております。実は、SIGGRAPHは、学会でもありますが同時に展示会としての側面を持っているのです。
SIGGRAPHというものは、ACM(Association for Computing Machinery / 計算機協会)内のSpecial Interest Group on Computer GRAPHicsという分科会が開催する国際会議・展示会 ” THE PREMIER CONFERENCE & EXIBITION ON COMPUTER GRAPHICS &INTERACTIVE TECHINIQUES” となっています。

実際にプログラムの一部を見ていきましょう。

ACM SIGGRAPH Villege, Birds of a Feather:

同種の興味を持った人たちの自由な討論会およびそれを通じたミートアップ的な性質を持ちます。前者は主催者の提供するイベントであるのに対し、後者は議論を主体としており、雰囲気も異なります。

Appy Hour:

モバイルアプリによるインタラクション体験です。

Art Gallery, Art Papers:

ArtとTechnologyのつなぎ部分から生まれる新たな方向性を提案・議論するセッションがまずあります。

Featured Speakers, Talks, Frontiers, Panels:

SIGGRAPHには、学術界から産業界に至るまで、非常に多くの業界リーダーによる講演があり、これらのセッションはすべて講演形式で行われます。ハリウッドの制作現場におけるGuruなどの話も聞ける場もあるでしょう。

Technical Papers, Posters, Courses, Labs:

通常の学会に近い形式のセッションです。Technical Papersが通常の学会での口頭発表に相当します。なお、Fast Forwardというセッションがありますが、これは多くの学会でスポットライトセッションと呼ばれるものに近く、1分程度のライトニングトーク形式で発表の目的や効果・ポイントを説明するものです。以前は口頭発表に対してのみ行われる前夜イベントでしたが、SIGGRAPH2022ではTechnical PapersとPostersの両方に用意されておりました。Labsは体験型コースと考えると分かりやすいのではないでしょうか。

VR Theater, Emerging Technologies, Immersive Pavilion, (Studio):

デモや体験型イベント、Studioと呼ばれるものづくり系イベントも過去にはありましたが、Covid-19の影響でVirtual Eventが多くなったため近年ではなくなっています。

Production Sessions:

CG制作現場での舞台裏など面白い話が聞けます。

Electronic Theater:

SIGGRAPHに参加したなら絶対に行くべきイベントです!特徴的な最新技術を使ったデモ映像のオンパレードで、ストーリー性がありショートムービー形式になっているものもあり、最新技術で表現する世界観としても楽します。こちらは現地開催の場合、夜のイベントとなっています。

引用:「SIGGRAPH 2022 Electronic Theater Preview」より

Electronic Theaterについては、下記のようなサイトでもレポートされております。各チームの作品も動画とともに紹介されていて、非常に参考になる記事です。
*外部リンク: https://www.pronews.jp/column/202209051200325590.html
(SIGGRAPH 2022 エレクトロニック・シアター レポート, RPONEWSより)

Exhibition:

企業や団体による展示で通常の展示会です。

 
ざっと見ただけでも、このように非常に多様なプログラムやイベントが盛りだくさんとなっています。
プログラムは毎年少しずつ入れ替わりますので、来年も上記のようなセッションがあるかどうかは分かりません。あまりにも多くのセッションがあるので全体を把握するだけでも大変です。

■SIGGRAPH2022総括

ここからは、通常の学会としての指標であるTechnical Papersを見てみましょう。
この会議が学術界でも最難関の一つと言われている所以を振り返ってみます。ここに採択されることがどれほど難しいのか、例によって投稿数(submissions)や採択率(acceptance rate)などから考察します。表1・図1にACM公式サイトや、有志によるまとめ情報などを参考に、SIGGRAPHの歴史をまとめてみました。

Year Conference submissions acceptance acceptance rate Venue
1978 SIGGRAPH 120 64 53.3% Altana
1979 SIGGRAPH 110 43 39.1% Chicago
1980 SIGGRAPH 140 52 37.1% Seattle
1981 SIGGRAPH 132 38 28.8% Dallas
1982 SIGGRAPH 49 Boston
1983 SIGGRAPH 47 Detroit
1984 SIGGRAPH 118 41 34.7% Minneapolis
1985 SIGGRAPH 175 35 20.0% San Francisco
1986 SIGGRAPH 36 Dallas
1987 SIGGRAPH 140 33 23.6% Anaheim
1988 SIGGRAPH 161 34 21.1% Atlanta
1989 SIGGRAPH 190 38 20.0% Boston
1990 SIGGRAPH 210 43 20.5% Dallas
1991 SIGGRAPH 41 Las Vegas
1992 SIGGRAPH 213 45 21.1% Chicago
1993 SIGGRAPH 225 46 20.4% Anahaim
1994 SIGGRAPH 242 57 23.6% Orlando
1995 SIGGRAPH 257 56 21.8% Los Angels
1996 SIGGRAPH 247 52 21.1% New Orleans
1997 SIGGRAPH 265 48 18.1% Los Angels
1998 SIGGRAPH 303 45 14.9% Orlando
1999 SIGGRAPH 320 52 16.3% Los Angels
2000 SIGGRAPH 304 59 19.4% New Orleans
2001 SIGGRAPH 300 65 21.7% Los Angels
2002 SIGGRAPH 358 67 18.7% San Antonio
2003 SIGGRAPH 424 81 19.1% San Diego
2004 SIGGRAPH 478 83 17.4% Los Angeles
2005 SIGGRAPH 461 98 21.3% Los Angeles
2006 SIGGRAPH 474 86 18.1% Boston
2007 SIGGRAPH 455 108 23.7% San Diego
2008 SIGGRAPH 518 90 17.4% Los Angeles
2009 SIGGRAPH 439 78 17.8% New Orleans
2010 SIGGRAPH 390 103 26.4% Los Angeles
2011 SIGGRAPH 432 82 19.0% Vancouver
2012 SIGGRAPH 449 94 20.9% Los Angeles
2013 SIGGRAPH 480 115 24.0% Anahaim
2014 SIGGRAPH 505 127 25.1% Vancouver
2015 SIGGRAPH 462 118 25.5% Los Angeles
2016 SIGGRAPH 467 119 25.5% Anahaim
2017 SIGGRAPH 439 126 28.7% Los Angeles
2018 SIGGRAPH 464 128 27.6% Vancouver
2019 SIGGRAPH 385 111 28.8% Los Angeles
2020 SIGGRAPH 443 124 28.0% *VIRTUAL*
2021 SIGGRAPH 449 149 33.2% *VIRTUAL*
2022 SIGGRAPH 610 194 31.8% Vancouver

表1 SIGGRAPH論文投稿数および採択率

図1 SIGGRAPH統計推移

このように論文数は徐々に増えてきておりますが、厳選された論文のみが採択されているため、採択率は20-30%程の範囲にあることが分かります。これは過去に紹介したCVPRNeurIPSICMLなどのトップカンファレンスと同水準の難易度です。なお、2022年は新しい制度として、Journal TrackとDual Trackが用意されました。

Journal TrackとDual Trackについて少々説明しておきましょう。

前者は今まで通りTechnical Papersと同じで、採択されれば同時にACM Transaction on Graphics(TOG)に採択されるという枠に対する投稿でした。一方Dual Trackでは、一部がTOGに採択され一部は会議論文としてのみ採択されるという可能性に対する投稿でした。これにより多少粗削りかつ十分効果が検証されていない段階であっても論文投稿できる可能性が生じ、結果的に非常に多くの論文が投稿される結果となりました。
TOG採択は133本、会議論文としてのみの採択は61本となり、合計194本の論文が発表されております。そのため、SIGGRAPH2022のTechnical Papersのプログラムでは、TOG41巻4号に掲載されていない論文も発表されています。実験的なこうした取り組みには賛否両論あり、こちらのページなどで議論されております。

話を従来のジャーナル掲載論文に戻しましょう。

近年のTechnical Papersにおける日本からの貢献をはかるため、2015年以降で日本人研究者が絡んでいる論文を探してまとめてみました(表2・表3)。日本人らしい名前を判定するプログラムを作成し、個人別で論文数を抜き出しております。

注)判定に引っかからず抜けてしまっている著者の方がいらっしゃれば申し訳ありません。また所属機関が日本にない場合や、日本の機関であっても海外のお名前を持たれていると判定された方は含まれない可能性があります。

Year submissions acceptance acceptance rate JPN paper JPN paper rate
2015 462 118 25.5% 10 8.5%
2016 467 119 25.5% 8 6.7%
2017 439 126 28.7% 7 5.6%
2018 464 128 27.6% 11 8.6%
2019 385 111 28.8% 3 2.7%
2020 443 124 28.0% 7 5.6%
2021 449 149 33.2% 7 4.7%
2022 610 133 21.8% 5 3.8%

表2 2015年以降 Technical Papersにおける日本からの貢献
注)2022年「acceptance」の数値はTOG採択133本として計算しております。

今年度は採択論文133本中5本が日本からの論文であり、例年に比べると減少しております(ポスターに関してはより投稿比率が多くコンスタントに30%程度)。その5件の論文リストを出力してみると下記の通りです。

Author(敬称略) Title
Takashi Ijiri Procedural texturing of solid wood with knots
Hironori Yoshida
Takeo Igarashi
Kenshi Takayama Compatible intrinsic triangulations
Toshiya Hachisuka Regression-based Monte Carlo integration
Jun Saito Neural jacobian fields: learning intrinsic mappings of arbitrary meshes
Taku Komura DeepPhase: periodic autoencoders for learning motion phase manifolds

表3 SIGGRAPH2022における日本人著者論文

ただ、純粋に日本からの論文ということではNII/CyberAgentに所属されている高山健志さんの論文のみで、それ以外はグローバル混成チームからの論文、もしくは海外機関で活躍される日本人からの論文でした。最後のDeepPhaseは、論文賞も取られており、内容的にも周期的な動きをどのようにコンパクトに学習し生成するかということに関する興味深い論文でした。

[SIGGRAPH 2022] DeepPhase: Periodic Autoencoders for Learning Motion Phase Manifolds

日本人研究者別-論文採択数

2015年以降の日本人研究者別で論文採択数を計測してみました(図2)。
上位を見ると海外で活躍される研究者も多く並んでいます。Graphicsの世界は、日本よりアメリカなどの方が活躍機会は多いのかもしれません。逆に日本ではメディアアーツの世界を活用した産業が十分に発達していない可能性があるとも感じます。

2015年以降の
日本人著者別採択数
著者 採択数
Taku Komura
7
Takeo Igarashi
6
Toshiya Hachisuka
5
Shinjiro Sueda
5
Jun Saito
4
Yoshinori Dobashi
4
Satoshi Iizuka
4
Hiroshi Ishikawa
4
Shunsuke Saito
3
Yuki Koyama
3
Hironori Yoshida
2
Kenshi Takayama
2
Takaaki Shiratori
2
Ryoichi Ando
2
Tomoyuki Nishita
2
Nobuyuki Umetani
2
Koki Nagano
2
Masaaki Miki
2
Takashi Ijiri
1
Soshi Shimada
1
Sadashige Ishida
1
Fumiya Narita
1
Masataka Goto
1
Ryuji Hirayama
1
Yusuke Tokuyoshi
1
Takahiro Harada
1
Kentaro Nagasawa
1
Takayuki Suzuki
1
Ryohei Seto
1
Masato Okada
1
Masaki Nakada
1
Nori Kanazawa
1
Kazutaka Nakashima
1
Kaisei Sakurai
1
Kei Iwasaki
1
Shigeo Morishima
1
Daisuke Sakamoto
1
Yusuke Yoshiyasu
1
Hisanari Otsu
1
Suguru Saito
1
Taiki Fukiage
1
Takahiro Kawabe
1
Shin’ya Nishida
1
Tomohiko Mukai
1
Shigeru Kuriyama
1
Kota Ishihara
1
Yoshihiro Watanabe
1
Masatoshi Ishikawa
1
Gou Koutaki
1
Daiki Satoi
1
Mikihiro Hagiwara
1
Akira Uemoto
1
Hisanao Nakadai
1
Junichi Hoshino
1
Kazuma Sasaki
1
Gen Nishida
1
Yusuke Obuchi
1
Yosuke Takami
1
Jun Sato
1
Mika Araki
1
Kosuke Nagata
1
Makoto Okabe
1
Ken Anjyo
1
Rikio Onai
1

図2 2015年以降の累積論文数ランキング(敬称略)

SIGGRAPHの世界観は古くから映画制作などに使われてきており、その結果としてのコンテンツや、その制作のためのCGソフト・CAD、グラフィックスソフトが中心です。近年では、メタバースやバーチャルヒューマンといったホットトピックスもありますが、どれほどが日本の産業界で活かされていくかは注目していきたいところです。例えば、広告産業やコンテンツという観点で、マンガ・アニメーション産業が最適化され計算機応用の技術が活用されるよう、産学官連携で推進していく必要があるのかもしれません。

まとめ

このように、SIGGRAPHでは、難関を突破した未来に登場するであろう様々なコンテンツ制作に必要な実用的な技術がいち早く発表される場であります。同時に、我々の感覚に訴える形で体験させてくれる”フェスティバル”でもあります。
近年はCovid-19の影響で、VirtualもしくはHybridになることが多いですが、この会議は現地に足を運んで没入してこそ意味があるといえるものです。毎年ロサンジェルスやバンクーバーで開催されますが、そこで新しいテクノロジーのショーケースを見てみれば、多くのインスピレーションが、強い感動と動機付けとともに得られるに違いありません。

 
編集:ResearchPort事業部

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